やっと納品

中旬を過ぎてわずかに仕事が出た。ここ数日でそれを済ませてやっと納品した。

相変わらずバフのアンちゃんは要領が悪い。次の予定も無ければ、現在有るのはどうするのかもない。彼は当てにならないが、何となく段取りを仕切っている。これでは・・・・・。

何とか溶接の試験に合格させてやりたい。合格したからどうって事もないのだが、一応の責任は果たした事になるだろうし。

不良の原因とパレード理論

昨日、親会社から不良やその他の問題について、こちらに来て従業員達と協議したいというので、呼ばれていった。

一昨日の電話では、かなり大きな問題とばかり思っていたが、それ程でもなかった。それよりも、不良の発生原因について聞かれたが、皆キチンと答えられなかった。本当は分かっているのに答えないのか、それとも分からないのか。

自分には原因が分かっていたし、対応策や改善すべき所、また今後はどうすべきかも分かっていた。更にその根本原因として、何が悪くて毎回不良が発生するのかも分かっていた。親企業の技術課長以下、担当者が来ているのだから、本来は正確に全てを話さなければ、更なる改善は望めない。帰った後の状況は、只のヤレヤレといった、ホッとした表情だけだ。全く改善などは考えていなかった。これは親企業に対して失礼だし、これからの業界周辺の環境にもついて行けなくなる可能性もある。

困ったものだ。

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吉井温泉牛伏の湯に行く

吉井温泉牛伏の湯早々に「鮎川温泉金井の湯」を引き上げて、ここ「吉井温泉牛伏の湯」に来た。

 「鮎川温泉金井の湯」と「吉井温泉牛伏の湯」は同じ泉質の様に感じた。共に「化石海洋水」の温泉で、こちらの方は更に他に何かが有った様だが・・・。

何というか、先程の「鮎川温泉金井の湯」が4時間で700円の入浴料金に比べ、終日600円と低価格になっている。・・・が、嫌いな人は嫌いかも知れない。

内湯は広いのが一つ、露天風呂もまあまあ広いのが一つ。両方とも源泉を使用している。設備的には些か古く、休憩室は広い。ジックリと源泉を味わっては、休憩室で休む事が出来る。ところが、内湯の中にはモップが立てかけてあったり、露天の横には、ゴミすくいようの網が置かれている。それがまた、何となく良い味を出してる様に感じてしまう。

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鮎川温泉金井の湯に行く

鮎川温泉金井の湯鮎川温泉金井の湯”に行ってきた。

桐生からは新しくできた北関東自動車道路「太田桐生IC」から、上信越自動車道「藤岡IC」まで約40分、料金は1250円、快適なドライブだった。「藤岡IC」を降りて鮎川の上流にある、鮎川温泉金井の湯までは約15分だった。

道順としては分かりやすいのだが、ここに入るには急な坂道を下る事になる。

どうもこの辺りが分り難く、ナビだけに頼ると、通り過ぎてしまいそうになる。

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万座温泉に行きたい

万座聚楽ホテルの窓から万座温泉に行きたい。

 万座ホテル聚楽から、招待状が来たのだが・・・。

もう1年近く行ってない。草津に行き、ついでに寄ってはみるが、宿泊はしていない。

これは万座ホテル聚楽のパノラマの部屋からの眺めだ。

これを写したときは、早朝からヒバリやウグイスが煩いほど鳴いていた。

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水上の範囲2:宝川温泉

宝川温泉はみなかみ温泉とはかなり離れている。

藤原湖を過ぎて、更に宝泉峡に向う奥利根連峰の中にある。その歴史は、みなかみ温泉湯原の湯に比べ遙かに古いという。

景行天皇の時代、日本武尊が東国東征の時、武尊山に登られ、その美しさを愛でた。ところが疲れから病になってしまい、治療も出来ずに困ってしまった。その時に谷間より白鷹が舞い上がってきた。その谷間を覗き込むと、そこから湯煙が立ち上るのが見えた。そこに日本武尊を案内して静養をすると、たちどころに病も癒えて、吾妻耶山に向ったそうだ。

宝川温泉は、古くは「白鷹の湯」とも呼ばれ、武尊山などの名前の由来もこの時から来てるそうだ。

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みなかみ温泉の範囲は・1

みなかみ温泉というと、一体どの辺りまでをいうのか迷う。

今日は一人でみなかみ温泉に行く事にしたが、、やはり一人で行く事が出来なかった。どうも自分はチョ~保守的人間なので、一人での自発的行動が苦手の様だ。そこで、何も水上まで行く事はないと思い、桐生図書館で調べた。かなり古い、水上温泉観光協会発行の本なので、一応参考までに書き留めておきたい。

水上温泉(最近はみなかみ温泉というように、ひらがな表記の様だが、変換に任せる事にする)は、利根郡の西北部に位置し、東部は片品、南部は川場村・沼田市など、西南部は新治村、西北部は県境を越えると新潟県の魚沼郡に接している。水上はその殆どがに温泉が出ている。

現在の水上温泉郷というと、湯原の湯・谷川温泉・大穴温泉・湯桧曽温泉・宝川温泉・湯ノ小屋温泉という、広い範囲を差している。

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小俣の笛吹坂を歩く

笛吹坂爺に会いたくて日陰山の墓に行ってきた。今は日陰山などと言っても、誰も分からないだろう。現在の恵性院本堂の前、笛吹坂を挟んだ向かいにある。昔は一族の墓所だったそうだが、、現在は恵性院の墓所として多くの墓が建っている。爺の葬儀はまだ土葬で、今の墓の前が少し更地になっていて、そこに埋められた。骨になってから改めて墓を建てるのが昔のやり方だった。

この笛吹坂にも面白い話がある。面白いと言っては御先祖様に失礼に成るのだが、ここには悲恋物語があり、浪曲にも成ったそうだ。京都の公家の子供が、鶏足寺の末寺の明月院(不確かだが、今の恵性院?)で稚児として修行をしていた。都に帰りたいと、夜な夜なこの坂の上に出ては笛を吹いた。その悲しい笛の音に合わせる様に、琴の音が呼応した。毎夜続く笛と琴の音に、いつか稚児の信行は興味を抱き、笛を吹きながら琴の音のする方に行った。そこには土地の郷士大川義種の娘菊江姫がいた。いつか二人は恋仲に成ったが、その恋は許されず、逢う事を禁じられた。一人信行は食事も出来なくなり、やがて笛を吹きながら死んでしまったそうだ。

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小俣の暗闇谷古戦場

米沢地区の古戦場看板今日も相変わらずする事もなく、おじいちゃんとの思い出の場所、米沢地区にある暗闇谷、我が家の言い伝えでは地獄谷というらしいのだが、何となく行きたくなった。

今は米沢は桐生市に属するらしく、この「暗闇谷古戦場」の看板には、桐生市17区と表記されていた。この米沢という呼び名も、ここでの戦いに因むものだ。上杉勢との戦いは4度に渡り、ここ地獄谷での戦いが最後の4度目の戦いという。

前の何度目かは知らないが、籠城した小俣城の人達を兵糧攻めにしたとき、小俣城では米を川の様に流して、ここには水が豊富と思い込ませた。それによって上杉軍は戦わずに引き返したという。

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圧力鍋について

圧力鍋はあらゆる料理に使用出来る。牛すじの料理でも紹介したが、固い物や時間を掛けて煮込む料理には最も適していると思う。

昔の圧力鍋は、あのフラフラと動く調整重しを取ると、圧力が急激に吹き出して危険だったが、今のはかなり改良されている。危険と言う事はほとんど無い。

煮込む時間が良く分からないと言うが、大体の目安として通常の半分から三分の一程度の時間と考えれば良い。煮込み時間を通常と同じにしてしまうと、軟らかくなる、というよりも形が無くなってしまう事さえある。時間だけは、キッチンタイマーをセットするなどした方が良い。尤も、何度か使っていればカンが働いて、いかに簡単に調理出来るかが分かる。

牛すじのカレーと茶碗蒸し・シューマイで、大体の時間を比べてみる。

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