伊香保温泉の散歩伊香保温泉というと石段が有名です。「黄金の湯」源泉吐出口から伊香保神社を巡る道から、伊香保の町までの石段。その石段の両側に並ぶ古い旅館街。今は石段も新しく整備され、旅館も近代的に成っている。それでもまだ、ホテルや旅館の間の狭い道はそのままに残り、伊香保温泉に未だ残る「おもてなし」の心と共に、独特の旅情が感じられる。伊香保温泉周辺図 |
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2007年10月6日
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伊香保の簡単な歴史伊香保の歴史を簡単に見ると、既に2000年前から温泉は知られていてた様です。万葉集には既に温泉地としてその地名が歌われています。縄文・弥生時代の集落遺跡は残っていないと言う事ですが、その理由としてこの地がかなりの寒冷地だったので、人は定住しなかったと考えられています。しかし更に標高の高い万座にも弥生土器が出ているので、伊香保ほど景観も良くて温泉も湧き出していれば、当然定住はしなくても、人々が集った形跡は有ると思うのですが。
天正18年(1590)徳川氏の所領となり、安中領(井伊氏領)岩鼻氏代官所の支配下に入ります。土地と温泉は大家(庄屋)14軒が所有し、温泉入浴のための施設管理と経営を兼業してきました。江戸中期、源泉の管理は十二支に準えて、12軒の大家が年番で名主や関所役人を務めていたそうです。今はその名残として、石段に十二支のプレートがはめ込まれています。 伊香保の温泉
戦後の観光ブームに乗って旅館が増えましたが、それに応じて湧出量は増える訳ではなく、旅館全てに温泉を配給する必要が出てきました。1996年、新たに無色透明の「メタ珪酸単純泉」、いわゆる「白銀の湯」が掘られ、「黄金の湯」が回らない旅館に配られています。効能は、病後の体力回復・疲労回復・健康増進です。 ![]() 2004年、白骨温泉の偽装された天然温泉表示問題から飛び火して、各地の温泉地にも同様な問題が発覚しました。群馬県下でも水上・四万・伊香保・薮塚等で次々に偽表示が見つかりました。伊香保温泉偽表示問題は、温泉客の減少傾向にある伊香保にとっても大問題であったようです。旧伊香保町の時に、この問題を重く受け止め、明確な表示が行われ、インターネットでも公表されています。現在はほとんどの旅館・ホテルに本物の天然温泉が使われ、伊香保挙げて名誉挽回に勤めています。 伊香保温泉と文化伊香保温泉と文人というと、徳富蘆花と竹下夢二が挙げられます。
竹下夢二は明治17年に岡山県に生まれ、明治末期から昭和初期にかけて絵画などにその才能を発揮させ、独特の大正ロマンの世界を築き上げました。晩年の昭和5年に、産業振興を目的に「榛名山美術研究所」構想を発表し、榛名山荘にアトリエを建設しました。翌年に渡米し、8年に帰国するも10年に亡くなりました。その夢二を顕彰する為に「夢二記念館」が設立されました。 |
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