老神温泉の散歩泉質はアルカリ性単純泉。肌に優しい泉質で、「美人の湯」「傷治の湯」といわれている。50年以上も昔の思い出は、深い緑に囲まれた恐い様な秘境の出湯と、綿入れのドテラを羽織り、兵児帯で結んだ着物姿の、若い頃の父親の姿。老神温泉周辺図 |
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2008年6月21日
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緑に包まれた秘境の温泉郷
老神温泉郷周辺の豊かな自然と景観私の住む桐生市からは、足尾方面に進み、途中から左に山側に上り、根利の峠を抜けて南郷村に出て、右折して老神に入るルートがある。もう一つのルートは、南面道路から赤城山を登り頂上から北側に下って沼田市に出て、右に老神に行く道がある。根利の峠は山の中を通り、昔に比べトンネルも出来て安全な道になった。秋の紅葉の時期には山の景観の素晴らしいルートだ。また赤城越えは赤城の素晴らしさも味わえる道で、春には山菜採り、秋には紅葉の素晴らしい道だ。クマに出会う心配さえなければ、最も好きな所だ。
神話から始まる老神温泉の歴史老神温泉の歴史だが、これは古代の神話の世界にまで遡り、一体いつ頃から温泉地として開けてきたのかが良く分からない。日光のムカデと赤城の大蛇が戦い、ムカデの放った矢が大蛇の目に刺さり、ここ老神まで逃れてきた。大蛇は目に刺さった矢を地面に刺すと、底から温泉が湧き出てきて、温泉の効能で体力を回復したそうだ。追いかけてきたムカデを、今度は大蛇が優勢となり追い払ったそうだ。ムカデの神様を追い払ったので、「追い神」が「老神」になったと聞く。群馬の各地や、前橋市にも日本武尊の東征に拘わる伝説が多く残っている。古代大和朝廷(大蛇)と日光奥地に住む人達との戦いから来た伝説ではないか、との説まである。
近年温泉詐称問題が起きてから、何処も影響を受けたのだろうか、同じように観光客が減ってしまい、温泉街は昔と比べて閑散としている。山奥の秘湯老神温泉は、最近は忘れられてきた様に思えて残念だ。20軒にも満たない宿泊施設は、昔から全て本物の源泉を引いている。無色透明、無味無臭のアルカリ性単純泉では物足りなく思えるかも知れない。しかしこの自然の中、柔らかい優しい泉質の湯に浸かると、心身共にリラックスできる。隠れ宿の様な、秘湯の雰囲気もありながら、近代的な行き届いた設備の宿と、おとなしく人情のある人達の「おもてなし」、全国の人に分かってもらいたいものだ。 |
老神温泉の情報老神温泉旅館組合老神温泉のイベントや最新情報を調べられます。 沼田市ホームページ老神温泉周辺の情報が得られます。特に沼田市の「季節の情報」は観光案内としても参考になります。 沼田市は、嘗ては上州北毛地帯の中心地であり、戦国時代には軍事的にも重要な地として激しい奪い合いが行われました。今は静かな沼田の城下街として、近代化や激しい開発には関係なく、昔の佇まいを残しています。 上州名物の焼きまんじゅうといえば、今は前橋や伊勢崎という東毛・西毛地区が有名ですが、沼田市が発祥と聞いた事があります。前橋などの酒まんじゅうの亜流と思えば、確かにそうとも思えてしまうのですが、群馬県人でないと、酒まんじゅうも焼きまんじゅうも良く分からないでしょうね。とくに、沼田市に多いという、甘いアンコ入りの焼きまんじゅうがあるので邪道だとか、入れる入れないが重要な問題ですが、他県の人にとってはバカバカしい論議でしょうね。ちなみに、何も入らないのが正しい焼きまんじゅうだと信じています。 群馬県川場村川場村というと、都会客の人達にとっては単なる観光果樹園の村という印象かも知れません。確かに果樹農家が多く、近くの温泉街にとっては果物狩りのイベントを行うには都合の良い所に有ります。川場村は果物だけではなく、美味しい野菜も多く生産され、数量は少ないですが、実に美味しいお米が取れる所でも有ります。都会の、農村を知らない人でさえ、懐かしさを覚え郷愁に駆られるという、日本の原風景も残っています。また、余り知られていませんが、沢山の村営の立ち寄り温泉もあります。 老神温泉の宿検索年末年始やGW・夏休みなど満室で予約が出来ない場合、ネットでの予約では開いてるようです。提携先用に空けてる様です。 JTBで探す
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